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元乃隅稲成神社 [風景画]

元乃隅稲荷神社.jpg
山口県長門市油谷の日本海に面した丘に、昭和30年に津和野の太鼓谷稲成神社から分霊して建立された。
米国のCNNで、日本の最も美しい場所31選に選ばれたことにより、国内はもとより、海外からも
多くの観光客が訪れるようになった。断崖近くにある「龍宮の潮吹き」から神社に繋がる123基の朱色の鳥居が青い海を背景によく映える。

先週のオフは絶好のツーリング日和だった。
往きはR34~R491の山中を駆け抜け、目的地の元乃隅稲成神社で3時間ほどスケッチをしたあと、帰りはR191の海景色を堪能した。
総走行距離は186kmと少なかったが充実した一日だった。
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しまなみ街道、来島海峡大橋 [風景画]

 来島海峡大橋.jpg
 大三島インターから高速に乗り、大三島橋を渡って伯方島に入るとすぐに伯方島インターを出た。
 予約した「民宿うずしお」にはそこから5分くらいで着いた。午後5時30分チェックインをすませ風呂に入った。早くビールを飲みたいので夕食は6時にした。
 てんぷらの盛り合わせと小鉢でキリンラガー大瓶一本、刺身と漬物で冷酒300ml一本を飲んだ。飲み足りないので、女将さんに肴をお願いすると海草のテリーヌ風小皿を出したあと鯛の兜煮を作ってくれた。
「足りなければもう一皿ありますよ」とやさしい言葉をかけてくれる。冷酒一本を追加してほろ酔い加減で部屋に戻った。テレビを見ながらいつのまにか寝てしまい、翌朝5時に漁船が入港する音で目が覚めた。
 7時に朝食を食べ、朝風呂に入り8時にチェックアウトした。
 伯方島インターから伯方・大島大橋を渡り大島を出るころ、来島海峡大橋が見えてきた。
 私の町には大きな関門橋があるが、それが3セット合体したような世界初の三連つり橋の景観に圧倒された。
 来島海峡大橋をゆっくり渡り、今治北インターを出てサンライズ糸山にある中央レンタサイクルに向かった。貸し自転車が空いているか事前に電話で問い合わせた際、8時半から先着順に貸し出すので状況次第だとのことだったので急いだ。
 サンライズ糸山には宿泊施設があり、朝早くから大勢の観光客やサイクリストで賑わっていた。
 さっそくレンタサイクルを申し込んだ。レンタル料は朝8時30分から夜5時まで一日2000円だが、他のサイクルセンターに乗り捨てずに借りた場所で返却すれば1000円が返ってくる仕組みだ。
 スケッチ道具や飲み物があるので、籠付きのシティサイクルを借りた。
 全長4kmくらいの来島海峡大橋を、海峡を行き交う船を見下ろしたり、美しい島々の絶景を楽しみながら自転車を漕いだ。
 国際色豊かなサイクリストがさまざまな型の自転車でツーリングを楽しんでいた。
 橋を渡って大島から眺めた橋の景色をスケッチした。
 絵を仕上げて再び橋を渡り、今治の来島海峡展望館に寄り、土産を買った。
 サイクルセンターに戻って自転車を返却し、コインロッカーから荷物を取り出してシャツを着替えた。飲み物を買ってロビーで一息ついた。
 帰路をどうするか思案した末、同じコースを走るのはつまらないので佐多岬→フェリー→佐賀関→北九州のコースにした。台風が気になるので、国道九四フェリーに電話をして運行しているか確認すると、今は大丈夫だが夕方どうなるかは台風次第だという。
 いよいよ台風が近づき、昼食どころではなくなった。
 今治市から国道196号で松山市へ、伊予市から国道378号(夕焼け小焼けライン)、国道197号を走って三崎港に到着すると4時30分発のフェリーが出港準備をしていた。スクーターが一台乗船場に停まっていたのでその横にバイクを寄せるとフェリーの係員が私のほうに走ってきた。
 「乗船しますか。次の便から欠航しますので乗るなら急いで手続きしてください。」
 窓口に駆け込み乗船運賃3000円を支払った。
 欠航した場合、翌日仕事を休むわけにはいかないので、しまなみ街道へ戻るつもりだった。
 乗船すると、すぐに出港した。フェリーは大きく揺れながら波に洗われる佐多岬をが後にした。
 ほっとしたところで船内の売店で弁当、お茶、アイスクリームを買って空腹を満たした。
 午後6時に佐賀関港に到着。波は穏やかだったが厚い雲が覆い今にも雨が降りそうだったので、佐伯インターから東九州自動車道に乗り、パラつく雨から逃げるように走った。横風が強く70kmに速度規制がされていたが、守っている車はなかった。バイクは横風に弱く、コーナーで何度も流されそうになった。福岡に入るとさらに風が強まり、50kmの速度規制となった。台風に追いつかれないように頑張って8時10分家に帰り着いた。(総走行距離660km。)
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しまなみ街道、多田羅大橋 [風景画]

しまなみ街道、多田羅大橋.jpg

 盆休みの代休を利用して、しまなみ街道へ一泊二日のロングツーリングを思いついた。
 台風19号、20号が接近しており、予定を変更するかもしれないので、宿はネットで調べたが予約はしなかった。
 8月20日午前10時に出発。バイパスの多い国道2号を走った。向かい風だが曇り天気が暑い時期にはありがたい。西日本豪雨の爪痕が所々に残っており、片側交互通行となっていた。
 午後2時頃、岩国市内の「かつ福」というトンカツの店にバイクを止めた。長時間の運転と左手首の故障でクラッチ操作が苦になっていたし、喉がカラカラに渇いていた。人気メニューの「「はみ出しジャンボロースかつ定食1275円」を注文した。名前のとおり大皿からはみ出したカツは三人前の量だったが、自慢の大和豚はやわらかくジューシーであっという間に完食した。店の店主に尾道までどのくらい時間がかかるか訊くと、ここから広島市内まで1時間かかるから、一般道だと尾道までさらに3時間みたほうがよいという。
 今晩の宿も決まってないので、大竹インターから尾道インターまで山陽自動車道を走った。
 午後3時31分に高速道路を降り、すぐにガソリンスタンドで給油した。タイトな高速i走行で燃料が底を尽きかけていると思ったが、まだ7L残っていた。
 しまなみ街道の本州側の入り口に新尾道大橋があり、向島と繋がる。向島を経て因島大橋を渡って因島に入る。因島から生口橋を渡って生口島に入る。すばらしい景色が流れて行くのが惜しい。
 瀬戸田PAでバイクを停めた。景色を眺めながら、下調べしておいた宿のリストに電話をした。
 急な予約にもかかわらず二軒目で決まってよかった。
 多田羅大橋を渡って大三島インターで高速を降りた。しまなみ街道の半分で1750円の通行料金は割高に感じた。料金所の係員に「多田羅しまなみ公園」の場所を確認した。
 そこのレンタサイクルターミナルで自転車を借りるつもりだと話すと5時で閉まるという。
 あと30分しかないのでサイクリングは諦めた。
 前の晩、しまなみ街道の見所をネットで調べて、多田羅大橋と来島海峡大橋がサイクリングのコースとして推奨されていたので、その二ヶ所をレンタサイクルで走るつもりだった。
 公園で多田羅大橋を1時間ほどスケッチして宿に向かった。
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平戸、田平(タビラ)教会 [風景画]

 7月に入って台風7号が接近し、その後西日本豪雨の被害をもたらした。
 築50年の我が社の鉄筋コンクリート造3階建の各階で雨漏りが生じた。
 数時間かかって雨漏り対策の作業を終えた時、気の緩みから高さ90センチの脚立から仰向けに転落し、左の手首をこねてしまった。幸い骨は折れていなかったが、未だに左手首を動かすと痛い。
西日本豪雨は当地にも多くの崖崩れを発生させ、交通網に支障をきたした。二名の犠牲者も出たことを思うと、私の怪我など取るに足らない。
 7月末の台風12号は東から西に日本を横断し、8月半ばに15号が北部九州を縦断した。
 8月下旬の19号、20号は大事にいたらなかったが、もう台風は勘弁してほしい。
 統計的に一年で一番台風が多い9月が心配だ。すでに21号が日本列島に向かっている。 
 
平戸、田平教会.jpg
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平戸、寺院と教会の見える風景 [風景画]

 北九州市に住んで63年になるが、伊万里、佐世保あたりから西北は足を踏み入れたことがなかった。
 5月の連休後、娘の帰省中に、妻と私の休みが一日だけ重なったので、3人でドライブに出かけた。
 妻は近場を望んだが、私は平戸に行きたかった。遠藤周作の「沈黙」をマーチン・スコセッシが監督、脚本、製作した映画を昨年鑑賞したとき、キリシタンに興味が湧いた。長崎や天草は何度も行ったが、平戸方面は未知の世界だ。
 「平戸には何がある?日帰りは無理よ。」と渋る妻に「教会がある。美味しい海の幸もある。高速を走れば早い。」と懐柔。
 3時間半かけて平戸に到着、海鮮料理を堪能したあと観光を始めた。観光ガイドに記載された見所が予想外に多く、陽が陰るまで駆け足で回った。
 平戸城で管理人がボランティアで展示物の説明をしてくれた時に感じたのだが、平戸は長崎をライバル視しているようだ。日本で最初にビールを醸造したのは平戸に上陸したイギリス人だった。カステラは400年前に最初に平戸に伝来した云々。(カスポールの商標で再現したカステラは美味だった。)
 平戸観光は日帰りするには勿体無かった。
平戸、寺院と教会の見える風景.jpg
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陸奥記念館 [風景画]

陸奥記念館.jpg
6月7日、仕事がオフで天気は曇り、絶好のツーリング日和だ。
雑事をすませて10時20分にアフリカツインで家を出た。目的地は周防大島の陸奥記念館だ。
関門トンネルを抜け、下関市の長府で給油。この満タンで400キロ以上走れる。
国道2号はバイパス化が進んでいるので高速山陽道を走るより景色が楽しく、経済的なのがよい。お昼は大島町で海の幸を堪能するつもりで、ひたすら走った。徳山西の1車線で大渋滞になり、バイクならではの路側帯走りで時間を短縮。渋滞の原因は大型トレーラーが中型トラックの荷台に側面衝突したまま道路を塞いだことによる片側交互通行だった。
右に穏やかな瀬戸内海を眺め、ノンストップで走って、やっと大島大橋に辿り着き、目的地の屋代島に上陸した。しかし帰りの時間を考えると昼食どころではなかった。
午後2時20分、陸奥記念館に到着。
トイレ休憩をすませ慌ただしく館内を見学。シルバーの夫婦2組と男性一人が館内にいた。

戦艦陸奥は1921年に完成した当時は世界最高水準の性能で、連合艦隊の旗艦や天皇陛下の御召し艦として活躍した。1943年6月8日連合艦隊司令部付として周防大島町伊保田沖、柱島水道に警泊中、謎の大爆発を起こし沈没。総員1471名のうち、死者1121名の大惨事となった。
1970年遺族や生存者の20年越しの熱意が実り、8年間の作業の末、遺骨・遺品・主砲など船体の75%が引き揚げられた。

館内を一巡して来館記念の写真を撮ろうと一人旅の男性にカメラのシャッターをお願いすると、私もシャッターを頼まれた。
その男性は陸奥の遺族で、記念館に掲示されている遺影の一人を私に示して、自分の叔父だと言った。翌日に陸奥の慰霊祭があるので、青森から飛行機と電車を乗り継いで来たとのことだった。男性の亡くなった父親の代理で26年ぶりに慰霊祭に出席すると言う。陸奥記念館の所在地は山口県と広島県と愛媛県の県境あたりで、慰霊祭当日、遺族ら関係者は呉港から海上自衛隊の用意する船に乗って洋上で献花するらしい。その男性が漁師から聞いた話で、陸奥から300人以上の遺体が流れ着いた柱島の海岸に今でも荼毘に付した時の油が岩場に残っていると聞いて胸がいたんだ。
記念館を出て自販機でポカリスエットを買い、野外展示物のスケッチをした。
4時30分着彩するのを諦め、記念館に戻り、妻への土産を買った。
4時45分に帰途につき、少し急いで8時15分に無事帰宅した。
本日の走行距離390km。
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古き良き時代 [風景画]

旭湯と怪獣.jpg

 昭和30年代、テレビがまだ珍しい頃の娯楽は我が家では映画と貸本家と銭湯だった。
 銭湯の帰りに貸し本屋に寄って漫画を借りるのが日課だった。映画は親と一緒に観る無害な映画以外に、町内のガキ大将に引率されて大人向きのアクション映画も楽しんだ。
 話題作の映画は、封切り前から銭湯の横に大きな看板が揚がった。テレビが普及する以前の映画の宣伝方法は手描きの看板だった。看板を眺めてはまだ見ぬ映画への期待が高まっていった。
 私が幼い頃、父と観た映画は「モスラ」「キングコング対ゴジラ」「世界大戦争」など特撮物が多かったが、母とは「少年忍者 猿飛佐助」「西遊記」などの文部省推薦の東映動画や「月光仮面」「七色仮面」などお子様向けの映画が多かった。親と一緒に鑑賞した映画は「世界残酷物語」が最後で、小学校高学年になると同級生と映画館に行くようになった。
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白野江植物公園(旧四季の丘) [風景画]

白野江植物公園.jpg
 3月の終わりに近場の植物園へ花見に出かけた。小学生の時以来の訪問で随分様子が変わっていたが、入り口近くにある樹齢500年のサトザクラには昔の面影があった。この木が昭和38年に福岡県の天然記念物に指定された頃、個人の所有だった植物園は「四季の丘」の名で賑わったが、昭和46年の台風による塩害でサトザクラの樹勢が衰えると次第に植物園も寂れていった。平成5年に北九州市が経営不振の植物園を買取ってから大がかりな手が加えられ、サトザクラは蘇った。
 スケッチをした日は夏のような陽気で、公園は大勢の花見客で賑わい、海外からの団体客も絶えなかった。桜は五分咲きだったが、楽しく絵を描く事が出来た。
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瑠璃光寺の五重塔 [風景画]

瑠璃光寺、五重塔.jpg
 3月7日、大雨の中、山口市の瑠璃光寺を訪ねた。去年の夏、妻と娘と一緒に日帰り旅行した折に初めて見て以来、国宝の五重塔を描きたいと思っていた。
 お昼に着いたので、瑠璃光寺の門前の観光施設で瓦そば定食で腹ごしらえをして境内に入った。
 傘と合羽と折りたたみ椅子を持参していたが、山門を過ぎた左手に4.5畳くらいのりっぱな東屋が建っていたので必要がなかった。この東屋がなかったら、雨風の中、左手で傘を差して座って絵を描くことは到底無理だった。
 東屋の正面に池を挟んで五重塔があり、絶好のロケーションで、備え付けのベンチに座ってスケッチに取り掛かった。風が吹くと画帳が雨で濡れるのをハンカチで拭きながら、鉛筆を走らせた。
 時折、雨脚が激しくなり、景色が霞むときは、手を休めるしかなかった。
 山口市の観光の目玉だけにこんな天気でも訪れる人の波が絶えない。中国や韓国の団体は賑やかで、
 先生に引率された学生服の一団は行儀がよかった。五重塔の前で自撮り棒で写真に納まる人が多いなか、シルバー世代の夫婦が三脚を使って記念撮影をしようとしていた。
 ご主人がコンパクトカメラのタイマー設定で悩んでいたので、シャッター係りを申し出た。
 下絵をほぼ書き上げたころ、雨が上がったので、五重塔の傍まで行き細部を観察した。
 着彩にかかりたいところだが、帰る時間が来た。
 妻が通勤に使っている車に乗ってきたので6時半に妻を迎えにいかなければならなかった。
 ここでカメラを忘れていることに気づき、画像の悪いガラケーで写真を撮って片道2時間の帰路についた。
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岡城跡(大分県竹田市) [風景画]

 昨年の晩秋、妻と日帰りドライブで岡城に出かけた。標高325メートルの山城から眺める景色に感動してスケッチを始めたものの、親戚からの宅配便を受け取る為に20時には家に居なければならなかったので、着彩に及ばなかった。岡城は二回目だが、城内の桜の木の圧倒的な数から花見の時期に来るのもよさそうだ。瀧廉太郎がこの城跡をイメージして作曲した「荒城の月」に「春高楼の花の宴…」と詠われている情景を見てみたい。
岡城.jpg
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