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川尻岬 [風景画]

川尻岬.jpg
7月末に山陰へツーリングに出かけた。絵に描きたくなる景色を探しているうちに、川尻岬に辿り着いた。長門市油谷(ユヤ)の向津具(ムカツク)半島の北にある、本州北西端の岬だ。炎天下、強風にめくれるスケッチブックを左手で抑えながら昼食抜きで、ひたすら絵を描く私はまるで修行者だった。岬の西側は波が穏やかなのに東側は白い波が荒々しく断崖に打ち寄せていた。
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時の過ぎ行くままに。 [風景画]

冬の旭湯.jpg
 私が一歳の時から九歳までお世話になった「旭湯」。十数年前に取り壊され、今は和菓子店が建っている。
 もしも旭湯が保存されていたら、きっと門司のレトロ観光の名所となっていたに違いない。
 旭湯の創業者、木下亀市(故人)は大工の棟梁で建設会社を経営していた。昭和10年、銭湯を創めるに際し、北海道から沖縄まで銭湯巡りをしてアイデアを練った。完成した銭湯は木造ながらも外観をスクラッチタイルで覆ったモダンな洋風建物だった。大工の棟梁だけに、建築材料には拘りがあったようで、床は桜材、浴室の床や浴槽は御影石、壁面は大理石張りで、番台は自ら手がけた。楕円形の大浴槽と二種類の薬湯を楽しめる小浴槽を二つ、男湯と女湯それぞれに配置した。今のスーパー銭湯の元祖ともいえよう。門司港は日本と大陸を繋ぐ国際港であり関門海峡は交通の要衝だったので、太平洋戦争時、アメリカ軍から度々激しい空襲を受けた。
 その戦火を潜り抜けた貴重な銭湯が消えてしまったことが残念だ。
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若松から見る若戸大橋 [風景画]

久岐の浜から若戸大橋を望む.jpg

洞海湾で分断された戸畑と若松を結ぶ若戸大橋。
橋の戸畑側は昔から工業地帯として栄えてきたので混沌とした感があるが、若松側はウオーターフロント開発によって、港とモダンな中高層住宅が調和した、落ち着いたリゾートの趣きがある。
洞海湾に突き出た荷揚げ桟橋に係留されたタグボートの数は国際港の門司港より多い。
地元の遊歩道としても親しまれている荷揚げ桟橋の突端に座り、数時間スケッチを楽しんだ。
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到津の森公園 [風景画]

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 私が子供の頃、到津(イトウヅ)遊園地はハレの場所だった。北九州市で唯一の動物園であり、遊園地だったので、子供が喜ばないわけがない。しかし市内にあるとはいえ私の住んでいる地域からは、車で小一時間かかるので、特別の行事でもなければ訪れる機会がなかった。私の初訪問は幼稚園の歓迎遠足会だったと思うが、家族で揃って出かけた記憶はあまりない。
 結婚してからは、三人の子供が幼い頃は度々行ったが、子供が成長するにつれ足が遠のいた。
 施設の老朽化、少子化の影響に加え1990年に隣の八幡東区に開業したスペースワールドと競合して経営が悪化し、2000年5月31日に閉園してしまった。私が最後に行った思い出は、二男と二人で乗った蛸をモチーフにした遊具で非情に怖い思いをした事だ。
 その遊具が動き始めてすぐに幼児には酷だと後悔して一刻も早く終了することを願ったが、遊具が二人きりの貸切状態で、サービスのつもりなのか係員のお叔父さんが通常の運転より長く激しく作動させたので、生きた心地がしなかった。
 到津遊園地は運営が北九州市に移管されたのち、2002年に到津の森公園として開園した。
 今日二十数年ぶりに園を訪れたが、猿山に昔の面影が残っていて懐かしかった。
 
 
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吉野ヶ里歴史公園 [風景画]

 1986年(昭和61年)から発掘調査が続いた佐賀県の吉野ヶ里遺跡が、1989年に大規模な環濠集落発見と全国に報じられ一般公開が始まった。その年の夏、兵庫から義母、義姉、姪、甥が北九州の我が家に遊びに来たので、雲仙へ旅行に行く途中に話題の吉野ヶ里に立ち寄った。
 遺跡は簡単な資料館と竪穴式住居がぽつんと建っているだけで、9歳から2歳までの6人の子供たちにはかめ棺のレプリカ人骨くらいしか興味が湧かなかっただろう。
 私は月に一度、仕事で吉野ヶ里のすぐ近くを通るのだが、先日、休み返上で出張した帰りに絵を描こうと水彩道具を携帯して吉野ヶ里を訪れた。 1991年に国の特別史跡に指定された遺跡が2001年に吉野ヶ里歴史公園として新たに開園したことを知らなかったのだが、29年前は無料だった駐車場料金310円と大人入園料420円を支払い、閉園時間の5時まで2時間しかないことを承知のうえで入園した。
 117ヘクタールの広大な敷地は念入りに巡れば一日はかかりそうで、すぐにスケッチポイントを探して絵を描きはじめた。4時30分、閉園が近づいている知らせがスピーカーから流れてきた。気がついたら園内に残っているのは私一人のようで、あせりながら着彩していった。ほどなくスクーターに乗った管理人が私に声を掛け、いよいよ閉園になるので、道具をかたづけ、帰路についた。

吉野ヶ里.jpg
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若松、軍艦防波堤 [風景画]

軍艦防波堤.jpg 
 大晦日に帰省した次男に、名古屋に戻る前に行ってみたい所を尋ねると、若松の軍艦防波堤を見たいとい
う。同じ北九州市内にありながら私は行ったことも聞いた事もなかった。
 二日しかない私の正月休みの貴重な二日目は午後から妻と娘と次男の4人で帝国海軍の痕跡を探訪することになった。
 自宅から車で40分、ナビのお蔭ですんなりと見つけることができた。

 軍艦防波堤とは━
 昭和23年9月、駆逐艦「柳」「涼月(すずつき)」「冬月」の3艘の船体部分が防波堤の代用に洞海湾の入り口に沈められた。その後の護岸工事により、「涼月」「冬月」は埋没してしまったが、「柳」は護岸上に甲板の形を見ることができる。

 軍艦防波堤の近くにいた数人の釣り人から、寒い中物好きな家族がいるものだという目で見られながら、記念撮影に勤しんだ。この後、遠見ケ鼻の夕景を堪能し、帰路にショッピングセンターで買い物をした。

 先週の金曜、私は仕事がオフだったので、バイクで再び軍艦防波堤を訪れた。大寒で、バイクのハンドルが取られるほどの強風の中、孤独で無謀なスケッチを始めた。玄海灘の荒波が護岸に打ち付ける光景から在りし日の駆逐艦の勇猛な姿が想像できた。

 
 「柳」……大正6年(1917)5月5日、佐世保海軍工廠で竣工した「桃」型二等駆逐艦。
     基準排水量755トン、全長85.85m、全幅11.6m、速力31.5ノット

 「涼月」…昭和17年(1942)12月29日、長崎造船所で竣工した「秋月」級超大型防空駆逐艦。
     基準排水量2701トン、全長132m、全幅11.6m、速力33ノット
     昭和20年(1945)4月、「大和」を中心とする沖縄特攻「天一号」「菊水」作戦に参加。
     直撃弾を受けて大破するも、微速後進で佐世保に帰還。 


 「冬月」…昭和19年(1944)5月25日、舞鶴海軍工廠で竣工した「秋月」級超大型防空駆逐艦。
     基準排水量2701トン、全長134.2m、全幅11.6m、速力33ノット
     昭和20年(1945)4月、「涼月」とともに沖縄特攻「天一号」「菊水」作戦に参加。  
     諸艦の生存者を救出後佐世保に帰還。
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遠見ヶ鼻 [風景画]

遠見ケ鼻.jpg 
今年も残り僅かとなったが、思い返せば短い一年だった。年始めの株式の暴落から続く景気の落ち込みで、会社の経営に四苦八苦しつつ年の瀬を迎えた。ストレスから来る慢性胃炎が景気の回復によって治ることを願っている。現役でいるかぎり仕事で苦労するのは避けられないのだろう。
 目を転じれば、楽しい思い出も多い一年だった。三人目の孫が誕生、妻の実家への旅行で子や孫が集合、娘の結婚式、夏に帰省した子や孫とキャンプ、名古屋まで応援に行った孫の運動会、妻との毎月の映画鑑賞、夫婦それぞれの誕生日、結婚記念日、妻との6年ぶりのタンデムツーリング…。いろいろ思い当たるところをみると、今年は良い一年となったようだ。
 来年も良い年となりますように。

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能古島(のこのしま)のコスモス [風景画]

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 井上陽水の「能古島の片想い」は昔からよく聴いていたが、その能古島に先月末、初めて行ってみた。
 私の住む北九州市内からバイクで高速道路を一時間走ると福岡市だ。さらに姪浜港からフェリーに乗船して10分で博多湾に浮かぶ小島に到着した。島のアイランドパークではコスモスが丁度見頃だった。

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曲里(まがり)の松並木 [風景画]

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江戸時代、幕府は全国の街道沿いに松や杉を植樹して、街道の目印とし、旅人はその並木によって炎天や風雨を凌ぐことができた。長崎街道は小倉と長崎を結ぶ街道で、57里の間に25の宿場があった。昭和20年まで黒崎から次の宿場の木屋瀬(こやのせ)にかけて松並木が続いていたが、今は黒崎駅の南方に幅20~30メートル、長さ600メートルを残すのみで、昔の街道の面影を見ることができる。
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八代の水島 [風景画]

八代市、水島.jpg
先月、残暑の厳しい折、熊本県八代市へ往復630km、一泊二日のツーリングを決行した。仕事で長年つきあいのある会社が八代市内にあり、一度訪ねてみたかった。往路の英彦山、阿蘇山は天気に恵まれ絶景だった。八代で会社訪問を果たし、ついでにおすすめの観光スポットを尋ねると、熊本城や矢部の通潤橋を薦める。八代にはこれといった名所がないという。八代のホテルで得た情報からやっとの思いでたどりついたのがこの景色だった。


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