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曲里(まがり)の松並木 [風景画]

曲里の松並木.jpg
江戸時代、幕府は全国の街道沿いに松や杉を植樹して、街道の目印とし、旅人はその並木によって炎天や風雨を凌ぐことができた。長崎街道は小倉と長崎を結ぶ街道で、57里の間に25の宿場があった。昭和20年まで黒崎から次の宿場の木屋瀬(こやのせ)にかけて松並木が続いていたが、今は黒崎駅の南方に幅20~30メートル、長さ600メートルを残すのみで、昔の街道の面影を見ることができる。
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コメント 2

老年蛇銘多親父(HM-Oyaji)

こうした街道筋の松並木が残っている場所、少なくなりましたね。

600mも残っているなんて本当に希少だと思います。

長崎街道と言えば幕末、交易や学問のため多くの志士たち通った道のはず。

この絵を見ていると、どこからともなく坂本竜馬や高杉晋作の声が聞えて来そうな、そんな気がして来ます。
by 老年蛇銘多親父(HM-Oyaji) (2016-11-29 00:50) 

yuzman1953

老年蛇銘多親父さん、こんばんは。
長崎街道の松並木を「たかが600m」と思っていたのですが、「600mも」なのですね。近ければ再々訪れたくなるような、ノスタルジーを感じる景色です。


by yuzman1953 (2016-12-07 02:05) 

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